【神戸ソーシャルセミナーwith 認定NPO法人テラ・ルネッサンス 栗田佳典氏(2019.4.10)】

神戸ソーシャルセミナー4月のテーマは「公正と平和」。今回はNPO法人テラ・ルネッサンス栗田佳典さんに、コンゴ民主共和国での活動と平和についてお話して頂きました。

〇テラ・ルネッサンスの理念

世界で6人に1人、3億5700万人の子ども達が紛争の影響を受ける地域に住んでいるといいます。テラ・ルネッサンスはSDGsのテーマでもある「誰一人取り残さない」を理念に世界中の人が安心して暮らせる世界を目指し活動しています。キーワードは「レジリエンス」。アメリカ同時多発テロからの復興の際、合言葉として広まったといいます。現在では本のカテゴリにも使われているそうです。テラ・ルネッサンスは「困難な状況に直面しても、自らに内在する多様なチカラと周囲との関係性の中でそれらを乗り越えていく適応能力」という解釈をしており、活動の鍵となる言葉だといいます。

 

〇「平和への一歩はなんですか」

栗田さんがよく聞かれる質問だといいます。栗田さんは「三つへの関心。知る、考える・感じる、関わる」ことが重要だとおっしゃいます。先入観にとらわれずその問題、国の事を知り、そこに関わる人々のことを考え感じ、そして実際に関わってみる。自身の関心を興味だけで終わらせず、実際に行動する事が平和への一歩だといいます。

テラ・ルネッサンスが取り組む課題は「地雷」「小型武器」「子ども兵」、この3つの課題に対して日本を含めたアジア3か国、アフリカ3か国で活動を行い、日本国内では現地の課題を伝えるとともに日本でできることを学ぶ「平和教育」を行っています。

 

〇コンゴ民主共和国の現状

今回のセミナーではアフリカのコンゴ民主共和国での活動のお話をしていただきました。コンゴは「平和以外なんでもある国」と揶揄されてしまうといいます。食料資源や天然資源は豊富ですが、11人に1人が5才までに亡くなってしまうといいます。武装勢力に襲われる危険性や、支援物資が届きにくい環境、病院が近くになく十分な治療が受けられないなど過酷な状況にあるためです。今回は多々ある問題の中でも「紛争鉱物」について教えていただきました。

「紛争鉱物」とはレアメタルなどの電話やパソコンなどの電子機器に使われる天然資源を、現地の武装勢力が小型武器を手に入れるための資金として採掘する鉱物をいいます。 コンゴの武装勢力は「小型武器」を手に入れるためにレアメタルを採掘し、そのレアメタルは私たちの使用する電話やパソコンなどの電子機器に使われています。紛争鉱物の恩恵を受けているのは先進国に住む人々であり、コンゴの紛争に知らず知らずのうちに関わっていました。現在は企業が現状を変えるために紛争鉱物を使わないよう改良しているため紛争鉱物の普及は減少しているそうですが、紛争鉱物の問題は他人事ではない事がわかります。

 

〇紛争と子どもたち

栗田さんが実際にコンゴへ足を運んだ際、子ども達から「ニーゴ」と頻繁に声をかけられたといいます。挨拶かと思い、返そうとすると通訳の方から「ニーゴ」とは国連平和維持軍の兵士を呼ぶ言葉だと伝えられ、外国人は全員兵士に見える現状、武器を持っていない自分まで兵士と認識したことがショックだったといいます。穏やかな日々が1日でも早く来ればとおっしゃっていました。また他のテラ・ルネッサンスのスタッフが現地の子どもに「将来何になりたい」と問いかけると「大人になりたい」と返ってきたといいます。日本では大人になる事は大前提で、そんな返答をしたら冗談だと思われ笑われてしまうかもしれません。コンゴの子ども達は紛争に巻き込まれたり、子ども兵として消費されてしまったりと、いつ紛争の被害を受けるかわからない世界で生きています。子ども達自身が健やかに育つ事を何よりも望んでいることを痛感しました。

 

〇「現地の人々がそこに住み続けられるまちづくり」

テラ・ルネッサンスはコンゴの人たちが自分達の力で、より安全に豊かに暮らせるように「お手伝い」していると栗田さんはいいます。ここで「支援」という言葉を使わないところに全てが詰まっているように思いました。具体的な例として溶接の技術を教えたり、洋裁をしてもらったりと現地の人々の可能性を広げていくといいます。溶接を自分達でできるようになったことで武装勢力のいる山を通らずにバイクを自分達の力で修理できるようになったり、洋裁を覚えることで「自分はなにもできない」という自己肯定感の低さが改善されたりしていくそうです。冒頭でもお話していただいた「レジリエンス」、自分達は無力ではないということを思い出し、居心地のいい環境をつくってゆくきっかけになればと栗田さんはおっしゃっていました。

 

〇イチ学生の所感。

将来の夢を「大人になりたい」と言った子どもの事を考えます。私も、大人になりたいとは思っていたけど、それは「早く」大人になりたいという事で、そのまま黙っていれば成長できることが前提の話でした。生まれ育つ環境は選べず、それぞれの基準があります。だから安全な場所で育った私が「命を落とさずに大人になれる事に感謝する」「戦争に行かずに学べる事は幸せなこと」と紛争地域と比べてみても、根本的な部分が異なりすぎてしまっているので意味がないように思います。そもそもこれらは他国と比べて自国を優位に立たせるためだけのような、突き放した言葉にも聞こえます。そう思うと、やっぱり栗田さんのおっしゃるように「知る」「感じる・考える」「関わる」が一番対等に考えていけると思いました。「大人になりたい」と言う言葉の裏に「平凡な毎日を過ごしたい」という願いが込められていたと思うと胸が痛くなります。(学生ライター関口)