【神戸ソーシャルセミナーwith 公益財団法人PHD協会 坂西拓郎氏と研修生(2019.5.8)】

神戸ソーシャルセミナー、5月のテーマは「働きがいも経済成長も」

今回は公益財団法人PHD協会の坂西卓郎さんとPHD協会の海外研修生だったミャンマーのモーママさんを迎え、坂西さんからは主にPHD協会が取り組まれている活動を、モーママさんからは主にミャンマーやモーママさん自身のことについてお話を伺いました。

 

◎1分間のスライド

1分間、スライドに次々と現れる、子どもたちの写真。その数、12人。

坂西さんは、これは何の数字でしょうか、と私たちに問いかけられました。飢餓になった子どもたちの数、戦争に巻き込まれた子どもたちの数、など参加者からさまざまな回答が出されたのち、これは1分間で5歳未満の子どもが亡くなる数であることがわかりました。

現在は4.8秒にひとり子供の命が奪われているそう。20年前は3秒にひとりだったため、以前に比べれば、状況は改善しているけれども、現在でも、肺炎などの予防可能な病気で失われる命がたくさんあることを述べられていました。

 

◎PHD協会の活動について

PHD協会の組織の目的は、PHD協会のホームページによると、「アジア・南太平洋地域からの研修生の招聘、研修後のフォローアップを通して、草の根の人々による自立した村づくりと生活向上に協力すること。日本の人々もアジア、南太平洋地域の人々との交流を通して学び、そこから毎日の生活を問い直し、平和(Peace)と健康(Health)を担う人材を育成(Human Development)し、『ともに生きる』社会をめざすこと。」とあります。

 

このように、PHD協会では草の根の交流による人材育成により、アジア・南太平洋では、自立した村づくりの推進による生活の向上、日本では価値観・生活様式の見直しを行い、ともに生きる社会の実現を目指し、活動しておられます。

 

また、PHD協会の研修生は草の根の農村の人たちを連れてくることが特徴です。特に農村の人たちには海外で研修を受ける機会が極端に少なく、今回来ていただいたモーママさんには、この機会にしか、海外で研修を受けるチャンスがないほどでした。

 

PHD協会では支援を行う際、金銭的な支援は行わず活動されています。支援には「魚をあげるか、魚の釣り方を教えるか」という2種類があり、前者は必要な物資を提供すること、また後者は考え方ややり方を提供することであると教わりました。そして、PHD協会では、後者の支援を大切にしておられます。

 

そして、PHD協会は「ないものねだりではなく、あるもの探しを!」を大切に活動されています。モーママさんは「私の村に良いところは何もないと思っていた。でも今わかります。私の村いいところいっぱい」という言葉を残されています。隣の人と話さなかった日本でのホームステイで、モーママさんの村では、みんなのことを知っている、みんな親戚のようであるという良さに気づいたそうです。

 

◎NGOの人手不足について

NGOは東京一極集中で、東京以外は人材不足の傾向があるそうです。NPOも人材不足の傾向はあると思いますが、「お金よりもやりがいを」求めて従事するようになる人も増えては来ていることもあり、国内の方がダイレクトにその活動の成果を知ることができる傾向があることや、神戸のNPOが活発なこともあり、NGOの人材不足を感じることが多いようです。

 

◎坂西さんがPHD協会に参加したきっかけ

坂西さんは、高校生の時に阪神淡路大震災を経験されました。その際、自宅が半壊となり、学校で寝泊まりの生活のなかで、地域の人たちと炊き出しやバケツリレーを行ったことが初めて地域に触れる経験だったそうです。坂西さんは、その輪に触れることが楽しく、地域に興味を持つようになり、また高校の生徒会でユニセフ募金を行ったことがきっかけで、国際協力にも興味を持たれるようになりました。そして、収入よりもやりがいを求めて、商社を経て、PHD協会に携わられるようになられ、現在に至ります。

 

◎ベトナムでの国際協力について

坂西さんが経験された国際協力のひとつに、ベトナムでのフェアトレードがあります。しかしそこには、ビジネスの成功と同時に葛藤がありました。

20年前、ベトナムの雑貨ブームが起こったため、ビジネスとしてその雑貨をベトナムの農村で作ることとなりました。すると、そのビジネスは大成功。しかし、その事業がうまくいった後、その村を訪れると、以前は伝統的な踊りなどでもてなしてもらっていたにもかかわらず、その踊りはなくなり、代わりに日本製のテレビを見る娯楽が生まれ、「テレビを見ようよ」と言われたそうです。

坂西さんは、これでよかったのだろうか、と葛藤されました。そして結局、その村は後にすることになりました。

 

◎モーママさんのお話

坂西さんのお話のあと、モーママさんのお話を聞きました。モーママさんは現在27歳で、6年前研修生として、日本で活動されていました。

ミャンマーでは、おしとやかで、自分の意見を言わない女性が多い中で、モーママさんのはきはきとした、自分の意見を言う女性がいることに坂西さんが驚かれたという話も印象的でした。

 

◎タナカ

タナカ、日本人の苗字ではありません。タナカという木のことです。タナカを石で擦り、日焼け止めや化粧品のように肌につけて使用するようです。実践していただきました。

◎ミャンマーの宗教について

ミャンマーは上座部仏教であり、モーママさんも五戒(殺生をしない、お酒を飲まない、うそをつかない、不倫をしない、盗みをしない)を守っておられます。また、ミャンマーのお坊さんは結婚せず、お酒も飲まず、12:00以降はご飯を食べないために、日本のお坊さんを見たときには大変驚いた、という話が印象的でした。モーママさんも20歳ころに10日間出家をしたそうです。

◎ミャンマーの料理

ミャンマーでは、料理をするたびに油を毎回500mlは使用するほど、油っこく、また塩辛い料理が多いそう。それが原因で高血圧、糖尿病の人が多くいるため、自分の身体は自分で守ろうと、モーママさんは啓発運動に取り組まれています。

そのため、ベトナムでの油っこく、塩辛い料理に慣れ親しんだモーママさんにとって、日本の味噌汁は、味がなく、まずかったとおっしゃっていました。

◎ミャンマーでのスラムの拡大

ミャンマーでは、スラムが拡大していることも問題です。貧困の中、15,6歳で子供を産み、その子供も児童労働に従事することになるというスパイラルが生まれていると知りました。また、ミャンマーでは、たくさんの児童労働がおこなわれ、貧困から抜け出せない状況にあります。

 

◎モーママさんの活動

モーママさんの活動は多岐にわたり、小さい子供たちのための図書館を開いたこと、HIVが問題になっているために避妊などの家族計画について教えること、学校の勉強を教えること、ごみ問題を解決しようと呼びかけ、回収することなどさまざまです。

普段、モーママさんは夜間大学の事務員の仕事を16:00まで行い、その後自分の村を中心に活動をされています。

 

 

 

このセミナーが終わった後、モーママさんとお話しするチャンスがありました。モーママさんは大学まで進学されているのですが、大学へ進学しようと考えたきっかけについて尋ねると、「家族は誰も大学に行かなかったが、行く、と言って行った。行かないと世界が広がらないと思った。行ったら実際に世界が広がった。」と答えられました。大学で自分の世界を広げ、さらにモーママさんは、大学で学んだことを自分の村で実践しています。

その事実が、強烈に私の心の中に残ることとなりました。なぜなら、私は今まで、大学で世界を広げる、そしてそれをどこかで生かす、ということができていただろうか、と反省させられたからです。なんとなく、大学生になって、与えられた授業をこなして満足し、大学生になっても、お客様気分でこの世を生きてきたことを痛感させられました。

もちろん、モーママさんのように生きることができるだけがすべてではありません。しかし彼女からあふれ出す力強さは、実際に周りの人間に影響を与え、動かせるほどに強く、魅力的なものでした。

私もそれにひとつでも近づきたい、と思いました。本当に私にとって大切な出会いでした。